10月に行なわれたBMXフラットランドの世界大会BMX Flatland World Circuit 2013の最終戦「FLAT ARK」が行なわれ見事二年連続優勝を決め,世界一称号を意のままに手にするBMXライダー内野洋平。
数多くのスポンサードされ、世界に羽ばたくこの男は一体どこまで上り詰めるのだろうか?BMXをはじめたきっかけから今後の活動まで内野洋平の素顔に迫る!
- STAFF
- 今回はお忙しい所インタビュー引き受けて頂き有り難うございます。まずはじめにBMXをやり始めたきっかけとは?
- 内野洋平
- 自分が通っていた高校が柔道とか、バスケだったりが全国レベルでスポーツ強豪校だったんですよ。僕は水泳部で水泳をやっていたんですけど、その時にバラバラの部活に入っているクラスメイトと10人くらいでみんなで共通の競技をやって競おうぜっていう話になって、どうせならかっこいいやつにしようって、その時スケボーが流行っていたからスケボーをやろうってことになったんですよね。まずどこに買いにいっていいかもわからないからどうしようかっていってたら、その中の一人がスケボーの大会が神戸のメリケンパークというところでやってるらしいっていうのを聞きつけてきて、みんなで部活を休んでいこうっていう話になりました。みんな強豪の部活だったから休むのもすごい大変だったんだけど何とか休んで見に行くと、その大会がスケボーじゃなくてBMXの大会だったんです。(笑)
それがきっかけ。それでBMXのフラットランドがそこでやっていて見ているうちに見入っちゃって10人でこれにしようっていって始めたんですよ。
- STAFF
- じゃあ当時は部活をやりながらやってたんですか?
- 内野洋平
- そう。部活終わってみんな一人で近所の道路とかで練習して、週末になって1つの場所に集まってみんなで見せ合うみたいな。授業中とかもあれが出来たとかそういう話ばっかりしていましたね。
- STAFF
- その当時はBMX自体は有名だったんですか?
- 内野洋平
- 14年前でその時ちょうどBMXがすごいブームが起きていて、それで神戸にもBMXのショップが出来るっていうのでそのイベントがやってたんです。
- STAFF
-
友人の間違えから生まれてっていうことは、もしかしたらスケーターになっていたかもしれないんですね。
では初めてBMXを見た時、何に魅力を感じましたか?
- 内野洋平
- まず自転車に乗って回るとかも始めてみたし、自転車自体もBMXの小さいやつも始めてみたし、全部初めてでさらに乗っている人たちが超おしゃれで、やっぱり高校生だったからファッションに興味が合って雑誌とか読みまくってたし、それで一気に憧れたんですよ。
- STAFF
- 技とかの情報はどうやって入手していたんですか?
- 内野洋平
- 当時、神戸にプロの人が一人だけいたんだけど昔って今程丁寧じゃないというか、ダンスもそうだと思うんですけど当時は見て学べみたいな感じで、やっている人もとんがっていてカリスマっていう感じだったので親切ではなかったですね。怖かったしそんなにその人達には聞けなくて。けど一冊だけBMXの本があったんですよね。HOW TO BMX的な。それをみながらシーケンスの写真見ながらやってました。飛び飛びの写真だから全然わからなかったですけどね。(笑)
- STAFF
-
写真のHOW TOじゃ難しそうですね。(笑)
当時一緒に初めたメンバーの10人の中で今でも続けている人っていますか?
- 内野洋平
- 一人だけ続けてるかな。けどやめちゃった奴も世界大会とか見に来てくれたりはしますね。
- STAFF
-
そうなんですね。
ほとんどのメンバーがやめてしまって、それでも内野さんがBMXが続いている理由ってなんですか?
- 内野洋平
- フラットランドの魅力、、、。なんだろうな。初めは見た目でカッコいいって初めたけど、やっていくうちに気付いたことは自転車一個でどこに行っても友達が増えた事かな。どっか知らない県にいっても自転車を持っていれば仲間みたいになれて、そのまま飲みにいったり泊まりにこいよってなったり。あとはマイナーな所、敷かれたレールがないとこも魅力ですね。プロになったらこうしなければいけないとか、この技をしなきゃいけないとかが全くなくて、すべてにおいてフリースタイルなんですよ。技もフリースタイル、洋服もフリースタイル、音楽もプロになってどういう活動するのも自由ですからね。例えば野球だったらプロになって、一軍、メジャーってレールがある程度敷かれているけど、それが全くないんですね。レッスンもないから先生にもなれないし、プレイヤーとしてどういう風にして自分をみせていくかっていう。
- STAFF
- する技も自由と言っていましたが、大会の審査とかはどういう基準で決まるんですか?
- 内野洋平
- ジャッジも有名な人達が集まるんだけど、その人達にしか出来ない技もあったり、逆に出場者しかできなくてジャッジが出来ない技もあったり自分しか出来ない技をみんなもっているから、それぞれの感性で決めるんですよね。すごく派手だったり、曲線がきれいとか、ジャンプが高ければ1つのスタイルだったり、みんながそれぞれのスタイルを持っているんです。だからルールとかこれをやったら何点とかは全くないんですよ。
- STAFF
-
そうなんですね。
BMXのシーンは初めたときから今まででどうですか?
- 内野洋平
- BMXシーンの盛り上がりは、僕より上の世代の人達が土台を作ってくれたから、今すごく盛り上がってきていますね。日本選手権もちゃんと年に3回あってそれが15年間も続いています。それもライダーが最初に作ったんだけど、なんで作ったかっていうと、さっきも言いましたが15年前にブームがきたんでけど、ほら、流行ってキックボードとかローラースケートみたいに一瞬の流行で消えていっちゃうじゃないですか?あれってその先がないからみんなやめていくんですよね。それを考えて、色んな人達がBMXを始めた時にシーンがあって、プロがいて日本大会があって、世界大会があっててなれば1万人初めたら9千人はやめても千人は残る、流行だけで終わらせたくないっていうのを先輩達が作り上げてくれたんです。だからいまはライダー人口もめっちゃ多いし、Red Bullとかも世界大会をやってくれたりするし、賞金とかも昔では考えられない額になってきているんですよ。
- STAFF
- ダンスシーンと同じように上がっていっているんですね。
- 内野洋平
- ダンスの方がすごい気がしますね。ここ数年の盛り上がりは特にすごいと思いますね。
- STAFF
- ダンスシーンでいうとキッズダンサーがすごい事になっていますが、BMXにもキッズライダーとかいるんですか?
- 内野洋平
- いるいる。たぶんキッズダンサーが出てきて色々なところにスクールがあったりっていうダンスシーンの流れをBMX業界が意識しているんだと思うんですよ。やっぱり若い子達に初めさせないとっていうのがあって、今はキッズバイクっていうのもBMXのブランドが出していて、BMXスクールっていうのも代々木公園とか場所を借りて月に2回とかあるんです。
- STAFF
-
そうなんですね。
内野洋平さんは数々の企業からサポートされていると聞きましたが、今サポートされている企業はどのくらいあるんですか?
- 内野洋平
- 今契約しているスポンサーはRED BULL,PUMA,G-SHOCK,ムラサキスポーツ,TENGA,fourthirty,FREEGUN UNDERWEAR,SPACEARK,フラワーシー??,ARESBIKESの全部で10社ですね。
- STAFF
-
そんなにあるんですか!?
それって一線でやっているような人達ってみんなそのくらいついているものなんですか?
きっかけとかはなんですか?
- 内野洋平
- 俺は多い方かも。俺達は先生がないから、ワークショップも無料でやる事がほとんどなんですよね。けどその代わりどっちかというとスポンサー契約がスポーツ選手という枠で契約を結べる企業があるんです。年間でいくらっていう契約金をもらえてそれが年に4回だったり、2回だったり、毎月だったり振り込まれていくんです。それに被らなければ何個でもつけれますからね。靴だったらPUMAと契約しているからadidasとは契約できないし、時計だったらG-SHOCKっていう感じで1つのギアに一社っていう感じかな。きっかけとかすごい若い子とかB-BOYとかにも聞かれたりするんだけど、契約する時点で実力がある、上手いっていうのは当たり前でそれ+アルファ何があるかだと思うんですよ。俺が思うにはBMXだけをやっていてもダメだと思うんです。プラス業界にどんな活動をしているかが大事だと思っていて、だから大会に優勝して自分からつけてくださいっていった事はないです。ずっと技を磨いていく上で色々な所でショーしたりで繋がっていって、雑誌やニュースに取り上げてもらって、っていうそういう色々な種類の仕事で出会っていく人達が僕に魅力を感じてくれたら声をかけてきてくれる。ウッチーとウチの会社で何か出来ますか?みたいな話になってそこから始まるですよね。だからチャリだけ乗ってるだけじゃ10社も絶対つかないです。同じレベルのライダーでも1社しか付いていない人もいますしね。
- STAFF
- コミュニケーションとかも大事ですよね。無口の人だったら大変そうですね。
- 内野洋平
- けど無口がスタイルだったらそれはそれでいいと思うんです。無口だけど実力はめちゃあるみたいなのもかっこいいですし。だから自分をどういう風にみせたいかが大事ですね。やっぱり自分の実力以上の事をビッグマウスで言ってしまうと絶対にバレれます。信頼を失うのは一瞬なんですね。若い子達は上手いだけじゃダメなんだよっていうその辺を知ったほうがいいかもしれないですね。
だから昔に比べたら夢のある職業だと思います。
- STAFF
- 実際にプロライダーって日本にどれくらいいるんですか?
- 内野洋平
- BMXはプロライダーってちゃんとライセンスがあってアマチュア日本選手権で優勝したやつだけがプロ資格をもらえるんです。一番しかもらえなくて、アマチュアクラスから一人上がるとプロクラスから一人落ちるんです。それが年に三回あるから三人があがって三人が落ちるんです。サッカーでいうJ1,J2みたいなのがあってプロに上がっても腰を下ろさないように頑張っていくようにとこれがあるんです。せっかくプロになってもケツ3になったら落ちてしまうということです。
- STAFF
-
すごい過酷な世界ですね。
ちょっとそこらへんはダンスと全く違いますね。
- 内野洋平
- スケートはダンスに近くてプロかどうかも自己申告なんですよ。スポンサーがついていればプロって言っている人もいるし、飯食えて初めてプロって言う人もいるし。
- STAFF
-
BMXは線引きがしっかりしているんですね。
最近、サポート企業さんの繋がりなどでダンスとのコラボをよくやっていますが、ダンスシーン、ダンサー、ダンスなどについて新たなに感じたことを教えて下さい。
- 内野洋平
- BMXといえどストリートシーンでいきてるから、スケーターとか、ダンサーとかみんな絡みはあるんだけど、ダンスに関してはここ数年ですごい絡みがあってこの前もRED BULL BC ONE FinalをTAISUKEとNORIの応援で見に行ってきたり。ダンスが身近な存在になってきています。今まではダンスの応援を海外までいくなんてなかったですからね。そういう意味ではダンスとの距離がめっちゃ近くなったと思いますね。THE FLOORRIORZのメンバーとかは仲良くて、WATAとかは同い年で昔から知ってて、あの辺はRED BULLのイベントで一緒にショーしたり夜な夜な飲み歩いたりするからね。KAKUちゃんとかも昔から知ってるしダンサーとは関わりあるんですよね。
かといってそこまでダンスに詳しいわけではないけど、シーンで言うとBREAKINってすごいぶれないジャンルだなって思いますね。時代とかに流されないというかスキル、レベルは上がっているけど、しっかり昔をリスペクトしてるなって思いますね。もちろん変えようとしていくこともいい事だと思いますけどね。けどあのB-BOYのぶれない感じはBMXにも欲しいなって思います。BMXは結構ブレているやつが沢山いてファッションだったりがなく、サーカスみたいになっている人もいるんですよ。
- STAFF
- ダンスでもそれやっちゃうとダサいみたいのがありますが、やっぱりBMXにもあるんですか?
- 内野洋平
- めっちゃある!BMXは本当にスタイルだから、ファッションがダサかったらまずアウトですね。結構いるんですよね、スパッツみたいなの着たりして。そのスパッツの中にコンセプトがあるスタイルだったらいいんですけどね。
- STAFF
- そういう意味ではBREAKINと似ているかもしれないですね。
- 内野洋平
- そうですね。けどBMXはBREAKINほど昔を大切にはしていないのかなって思いますね。まあブレているやつも昔を大切にしているやつも言ってしまえば表現が伝わればOKなんです。僕はシルエットとかすごい気にしてて、常にGO PROもっています。三ヶ月かけてやって映像見たらダッサってなるときもあって、三ヶ月無駄にしたー!みたいな。同じ技でもあいつのがカッコいいとか、重さだったり、軽さだったり。
- STAFF
-
そういう所はダンスとそっくりですね。
ダンスの場合レッスンがあるので生徒が先生とスタイルが似る傾向がありますが、BMXにもそういうのあるんですか?
- 内野洋平
- あるある。俺なんか行く公園がバレてしまっているから最近引っ越してきてプロめざしてますっていうやつが勝手についてくるんだよね。もちろん教えてあげるんだけど、一緒の事やっても意味ないよって、その技を自分なりにスパイスを加えたらいいと思うよっていう風に教えますね。
俺も元々はそういう感じで、神戸で一番上手くなって、このままじゃダメだって思って東京にいったんです。それで田中光太郎に金魚のフンみたいについってったんですよ。
撮影と打ち合わせとかもついていって荷物持ちみたいになってて、初めなんて全然覚えてもらえないけど、パーティとかあるたびに何度も挨拶してそれで色々な人に顔を覚えてもらって、そこからは自分が上手くなって成績残して、それで繋がっていったんですよね。
僕はそれが一番早いと思うんです。
- STAFF
- 今後の目標や活動についてどう考えてますか?
- 内野洋平
- BMXライダーとしてやりたい事っていっぱいあって、この前も10月に神戸で自分主催の世界大会を主催したんだよね。自分に付いているスポンサーに協力してもらってやったんだけど、それがめちゃよくて。とりあえずフラットランドだけをやったんだけど、神戸で開催した場所が後ろにポートタワーがあって海沿いですごいイルミネーションがきれいなところなんですよね。X GAMEみたいにしてBMX、スケート、ダンスパークみたいなのを作って年に一回の街を挙げてのお祭りみたいなのを開きたいなって思っています。日本はそういうのにうといから、自転車の選手っていったら「競輪?」て今だに聞かれますからね。だからこういう事をやっていってもっと広めていきたいです。こういう風に面白い事を沢山思いつく事、何個思いつくかが大切かな。あとはライダーとしてライダーにカッコいいと思われるライダーで居続ける事です。ダンスもそうだと思いますが、一般人がカッコいいって言ってもダンサーがダサいっていってたらちょっと違うと思うので、僕もどっちからもイケてると思われ続けるよう頑張ります。
- STAFF
- ありがとうございました。
内野洋平
-PROFILE-
BMX WORLD CHAMPION 08
出身地 : 兵庫県 生年月日 : 1982.09.12 / 26歳 血液型 : O型 サイズ : 176.0cm / 62.0kg ライディング歴 : 9年
Ucchie(ウッチー)の愛称で世界中のBMXライダーから親しまれている、日本のトップBMXライダー。 08年6月アメリカのニューオーリンズで行われた世界選手権“VOO DOO JAM”で初の世界タイトルを獲得し、本大会初の日本人チャンピオンとして輝いた。
彼の愛称から名づけられたUcchie Spin(ウッチースピン)という彼のオリジナルトリックが 2003年に大ブレイクし、国内外問わず様々なライダーがこのトリックを取り入れた事により 世界中のBMXライダーに大きな影響を与えた。
12年には、BMX界におけるアカデミー賞”NORA CUP”に受賞し、BMX FLATLAND WORLD CIRCUIT(公式世界戦)で3戦中2戦優勝、1戦2位と圧倒的な強さで優勝した。これはBMXの歴史に残る偉業を成し遂げた。
パフォーマンスとして立つステージは年間100本以上に及ぶ。この様に活動は多岐に渡り、今のストリートシーンのアイコンとして今後のストリートシーンのキーマンして注目されている。